備忘録 社労士の話。
そうだね。
資格を取ったとしても、とーやんの言うような素晴らしい社労士には程遠い存在だと思うよ。他の誰かが専門家になった方が社会に対する貢献度は高いのかもしれない。
少し、長い話になりますが聞いてください。
興味を持ったきっかけは、4月から駅前の行政の窓口で行っていた健康保険の手続きです。
とーやんは、私に、行政の窓口の人に対してもっと怒った方がいいと助言をくれました。
けど、怒れなかった。
窓口に行ったときに会ったのは、前回と同じ担当者だったと思う。
その人は若くて未熟だったけれど、こちらの話に真摯に耳を傾けて対応しようとしていたから。
どうしても怒る気分にならなかった。
「怒れない」気持ちを携えてその足で書店に行って保険について調べると、社労士の本にたどり着きました。
その勢いで入門書を一冊買って帰って、その日のうちに半分以上、連休中に全て読みました。
同時に、司法書士の入門書も買って読みました。
どちらの本の内容も、今の私にとってすぐに役にたつ内容が書かれていました。
同じように一人で色々手続きをしてる人はたくさんいるんだなあ、と実感したというか。
そのときに、母も以前、年金の相談窓口や相続の件で社労士にも司法書士にもお世話になったと言っていたので同時にパッと視界が開かれるような感覚でした。
2つの資格は、勉強の内容そのものが面白いです。
勉強が面白さを伝えたい気持ちは、塾講師をしていたときのモチベーションの1つでした。
会社員が向いてない。構いませんよ。
世の中には、「会社員に向いていない」「面倒くさいことはしたくない」と理由をつけて苦手なことは何もしない人、たくさんいますよね。
スーパーのレジでいい。
本当に誰にでもできることだったらその比喩だって構わないけどスーパーのレジだって結構難しい。
特に最近は、本当に難しい。
外国に行くことがすごいことだとは思わない。
お金を払って飛行機に乗れれば誰だって行ける。
レジを打ちながら就活をしていて、もしかしたらデスクワークよりもレジの方が楽しいのかもしれないと思いました。
でも、百貨店の外商の先輩方からはせっかく色々勉強したんだからチャレンジした方がいいよと言われました。
そんな出会いの積み重ねで、私は生きています。
YOSHIKIの言葉
ドラムは叩けば叩くほど、音が返ってくる。
ほごけんー犬も歩けば
よく、マンガで道に落ちている犬や猫を拾って自宅に持ち帰ってしまう話があるけど、今日はその類の感情を喚起させる出来事に遭遇した。
夜道を散歩していて、同じように散歩している犬(グレーのプードル)とその飼い主とすれ違ったときのこと。
そのプードルはとても人懐こく、なんと、しばしば通りすがりの犬に吠えられてしまう程動物に嫌われている私を見つけるや否や勢いよく近づき、スカートの下から出ている膝小僧を舐めてくる。
飼い主さん曰く、その子は保護犬で虐待などは受けていないが種付けでできた子で、ブリーダーにすら粗雑に扱われた経緯があるそうだ。
だから、プードルの中でも人一倍人懐こい性格になったのではないか、と飼い主さんは考えていた。
頭を撫でてあげてあげると、やはり嬉しそうに私の掌をペロペロと舐め返してくる。
交配で産まれたという経緯が示すように、「まるでぬいぐるみのように」という言葉が似合う明るいグレーの毛並みにつぶらな瞳を持つ。こんなにも愛らしい姿をしているのに過去に受けた心の傷はなかなか癒えないようだ。
そういえばその子は、私が日常生活を送る延長線上で出会った初めての「保護犬」だった。ふたりと別れてから続けて歩いていたら足の膝あたりから体全体にじんじんと、電流が流れるようだった。
あなたにも、ありませんか?そんな体験。
「私も保護犬飼いたい!」という程の話ではなくて恐縮なんだけど、保護犬育ててる人に抱いていた敬意の念がもっと身近なモノに変化したという意味で貴重な体験だったなぁ…と個人的には感じてます。
だから、あらためて筆をとってみたんですけどね。
(ところで実は私、以前海外(イタリアのシエナ)に行ったときに同じような感情が湧き上がったことがあったんだけど、この話を導火線としつつ…また後で(╹◡╹))
■
ゲン担ぎ トンカツを食べたり 負けると食べるものがなくなるから食べ物のゲン担ぎは大変
ピアノと将棋の共通点
美術など他ジャンルの教養
ぷらっとホール
ホールそのものが巨大な楽器
■
部屋を出て外に出ると、いいアイディアが浮かんだりする。そんなものだ。